騰落予想の正体 5つの知恵

相場に乗る

ワイルダーに100万ドルで「アダムセオリ」を売ったジムスローマンの逸話に次のようなくだりがあります。

S&P500のその日の動きについて、スローマンが当時巨額の利益を上げていたトレーダーのロバートに「今日の相場はどう動くだろうね」と質問すると「そんなこと分らないよ」と言う意外な答えが返ってきます。
スローマンは師匠に裏情報を尋ねた灘株太郎さんと同様に「それは…知っていて私には答えたくないということなのか?」と食い下がるのですが、ロバートの答えは「そうじゃないよ。本当のことを言っているんだ。今日マーケットがどう動くかなんて分らない」
「じゃ君は何を基準にトレードしてるんだ?」
「話しても、きっと信じてくれないだろうが、もしもマーケットが上昇すれば買う。そしてもっと上昇すれば、もっと買う。さらに上げればさらに買う。それだけだよ」

オチの部分は灘株太郎さんの「師匠の思い出」に出てくる「負けないようにやっている」と言う台詞の説得力に比べると拍子抜けするような印象のものですが、これはこれで一つの示唆に富んだ見識です。

これはわからない相場の予想を当てにするよりも、目の前の相場の動きに乗った方が確実だと言う考えです。 もちろんこれは安易に誰にでも出来る手法ではなく、この方法では相場の動きに対する反応が命と言うことになり、動きの癖の理解や自分自身の洞察力を日々磨く必要があります。

しかし、相場に乗るのも一つの見識であると言う事を認めることが出来れば、そのことはある意味相場に取り組むメンタルにとって有利に働いてくる可能性があるものです。

そのための大前提として「騰落の予想は曖昧なものだ」と言う事をまず認めることも大事なことです。

相場は上がったり下がったり

灘株太郎さんが師匠に騰落の予想を尋ねるくだりがあります。

「日経平均上がりますか?」
「この後、半年くらい日本株は上昇?それとも下落?」
「来週の日経平均はどうなの?」
「この銘柄、上?それとも下?」
こんな質問を日に何度も師匠に投げかけるんだが、師匠はいつも曖昧だったんだ。
最初のうちはニヤリと笑って「どうだろう?」とか、
「君はどう思うの?」とかイナされる。
気がつくと、俺がペラペラしゃべってたりな。師匠は聞き手にまわってるんだよ。
「そう思うなら、それでいいよ」
「あのさ、板見てるだけじゃなくて、もっと相場の見方、上がるか下がるか、どうやって見るのか、教えてよ」って言った時、ちょっと怖い顔して睨ま
れちゃってな。ちょっと険悪なムードになった。

こうした株太郎さんの質問に対して師匠の答えはだいたい「相場は上がったり下がったり」するものだと言うものです。

個人的には好きな台詞ですし、この言葉は示唆に富んだもの、あるいは投資の真理に感じられるものです。

たぶん騰落をセコイ了見で気にする人間の思惑をよそに、相場自体は相場自体の事情で上がったり下がったりしているものだと言う事だと思います。

つまり、スローマンの逸話同様に騰落を気にするより、上がっても下がっても次のトレードに支障がでるような大きな損をしないようにするしかないと言う事でしょう。

未来のことがわからないのであれば、相場の騰落予想は過去の出来事に対する相場の反応などの経験則を元に判断するか、あるいは値動きの近況を元にそれを過去の事象に照らして予想するしかわかりません。

つまりいずれも確率的にしか予想できないと言う事です。

相場は投資家の思惑や予想に関わらずに上がったり下がったりする、確率的なもの以外の騰落予想は成立しないと言うのがその本性です。

騰落予想は五分五分

騰落予想について「師匠の思い出」の中で師匠は「五分五分」だと言っています。

先述のアダムセオリ―でも「将来の事は誰にも分からない」と言った意味の事が述べられています。

これを単純に言えば予想できないということは当たることも当らぬこともあるわけなので当たるも当らぬも半々と言うことです。

これが、投資家のストレスの原因であり、メンタリティのリスクです。

五分五分と言う事は調子の良い時があれば必ず調子の悪い時もあると言う事で、実はそのスランプで多くの投資家が負け組みとなって市場から撤退してゆきます。

五分五分なのに何故負け組になるかと言うと継続する損失のプレッシャーに負けて資金的にも精神的にも自滅し、多くの場合気が付いたら多大な負債を抱えていたと言ったことになるケースが多いからです。

予測できない相場への対応

予測の困難な相場で成績を上げるには確率的に優位な手法を用いると言うのが一つの基本です。

但し、この方法で比較的安定した成績を残すにはドローダウンに耐えられる精神力や確率上の結果を信頼できる強いメンタルが必要です。

これには精神的な適正が大きくものを言います。

「師匠の思い出」やアダムセリでは目の前の相場を見て判断すると言うことを前提にした対策が述べられています。

  相場の節目とは相場の目標のこと

「師匠の思い出」では師匠が板を前にして、株太郎さんに相場の読み方を具体的に解説します。

「あっ、いまのは外資」
「いまのは委託」
そんな師匠の言葉に対して、株太郎さんには結果しか聞いていないので、
「どうしてわかるの?」
「外資はタイミング良く成り買いを始めるんだよ。委託は2テンポ遅れてロット買いする」
「そんなのわからんね、俺には」
「分かるようになるよ」
ここで師匠から板の読み方についての説明が入ってきます。
「買いで同値に何度も小さく注文いれるのは、怪しいよ」
「売りは強引な買いが入った後の2分後から」
「それって空売りのこと?」
「そう。売って返せば、短期筋なら逃げるから。その逃げで下がるだろ?」
「なるほど・・・」

板は市場心理と市場の需給の反映です。
そうした視点で訓練を積むことで、徐々にその動きの意味がわかってくるものです。

師匠はこうして板の動きを出来るだけ正確に読むことで、無駄なトレードや非合理なトレードを避け、それによって損をしないポイントを説明しているわけです。

そしてもう一つの負けないための重要なポイントとして「潮目」と言う事を言っています。

「板の節目」と題された項では、「節目」と言うもののフィーリングがいくつかの例を挙げて語られていて、非常に参考になるのですが、「節目」とは市場の「目標」であると言う、刮目すべきことが語られています。

「大きな日経平均の上下動もそうだけど、デイトレするときのザラバの板も同じだと。どちらも潮目の変化があって、それが感じとれるようになったら、そんなに負けなくなるよ」
「そんなの、わかるの?」
「なんとなくな。20年も板みてりゃ、わかるようにもなる」
「コツとかあるわけ?」
「潮目が変わるんだ」
「潮目?」
「そう、満ち潮と引き潮の境目」
「そんなもん・・・・」
「だから板みてろっていってるだろう?」
「みてたら分かる?」
「どうかな」

師匠の相場哲学は、「株は節目で買い、節目で売る」と言う事だったようです。

この重要なくだりをもう少し原文のまま掲載しておきます。

「大きな板がでたら、その前であまり売り買いしないほうがいい」
と言うわけ。
「どうしてですか?(大きな板が邪魔で)売買出来ないよ」
と俺が言うと、
「大きな板は、クロスと呼吸なんだよ。大口同士がザラバを使って取引するのをクロスというし、相場が傾いたときに一気に反対玉を出すのを呼吸というわけ。どちらも意外にあっさりと成立するから見てなさい」
と師匠は言った。俺にはその意味が分からなかったんだ。
「そんなの、板見てるだけじゃ分からないですよ」
「そりゃそうだが、怖いのは分かる奴がいるってことなんだよ」
「たとえば?」
「その取引を知ってれば、それに乗じてひと儲けを企てるのが人情だろう?」
「じゃ師匠、節目で売買っていうのは?」
「理屈を言うと、板ってのはオークション形式で、つまりは売り買いの合意で価格形成されるわけで、そこには、ほらっ、心理的な要因がたっぷりと入りこんでるんだな」
「そう言うのは理解できるけど・・・」
「たとえばちょっと大きな玉を売買したい投資家がいたら、多少たかくても安くても、大きな板にぶつけようとするだろう?」
「なるほど・・・」

「節目ってのは、目標なんで、売りやすくて買いやすいんだよ」

「上値の大きな売り玉をブレイクしたら、その上は買わないほうが良い。また下値の大きな板をブレイクしたらその下は買い。」
「なるほど・・・」
「いいかい?板ツキっていうんだが、これを粗末にしなさんな」
「はい・・・」

「節目は目標」と言う部分は他の多くの優秀な板トレーダーやテープリーダーも同様のことを語っていて、事前に騰落の読めない相場において安定した成績を残すための刮目すべきヒントです。



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