マーケットの感情

皆が冷静なら株価はあまり動かない

「シンプルイズベスト」を謳い移動平均のパターン分析手法による「増田足」を作った故増田徳太郎氏の「増田徳太郎メモリアルページ」と言うサイトの中の「投資哲学」なる文章に、次のような一節がありました。

「もし仮に、すべての人が冷徹に状況を見極め、100%合理的な行動を取れるのであれば、株価はそれほど動かないのではないでしょうか。」

実際に増田氏が言っているようなことが起きるかどうかはわかりませんが、全ての人の心が金銭の絡んだ投資に当たって冷静でいられないからこそ「相場は良く動く」と言うのは間違いないことだと思います。

増田氏の投資に対する考え方のすべて共感できるわけではないのですが、ここに抜粋した言葉に絞って言えば全く同感です。

相場と付き合うためにはそこでうごめく市場心理や相場の人間模様を知ると言う事抜きにはできないですし、その値動きの背景にある思惑や欲望の動きを感じなければトレンドも価格の動きも理解するのは難しいことです。

相場では大口の儲けている人たちの判断による動きと、それに釣られて動くその他の投資家の判断による動きがあり、それらは世情のニュースや相場を作っている人たちの動き、相場を作っている人たちにとってはそのライバルの動きなどにそれぞれの参加者の心理が翻弄されてうごめいています。

人間は衝動で動く

「人間の行動はすべて衝動によるもの」です。

世の中には「私は衝動的な感情が嫌いだし、もちろん衝動的な行動など一切しない。だから、自分はいつでも客観的に熟慮し、それに準じて行動する。」と言う人もいるでしょう。

でも、良く考えてみればそういう人は「何事も常に冷静・客観的に考えて行動したい」と言う衝動に基づいて行動しているにすぎません。

良く考えて行動したいと言う欲求はある種欲望であり、執着です。

この衝動と言うものが人間になければ相場の動きはそれなりにおとなしいものだと思います。

ヒットメーカーと言われるような良く売れる商品を何度も生み出している人は、人間の衝動のパターンを知っており大衆の衝動が求める嗜好を読んでいます。

伝説の相場師や著名な投資家も、同様に相場にうごめく「衝動」を意識していると思います。

その人にとって合理的には不用なものでも、衝動が湧きあがってくると人はそれを手に入れてしまうし、非合理的な行動も起こすものです。

「積ん読」(つんどく)と言う言葉があります。

書店で衝動的に本を買ってはそれを読むことなく放置する行為のことで「そのうち読む、時間が出来たら読む」と言った言い訳をしながらどんどん読まれることの無い本が部屋に積み上がっていくことです。

一二度読まない本を積み上げたら、次は「またどうせ積み上げるだけだから買うのをやめておこう」と考えれば良いようなものですが、「衝動買い」と言う過ちは懲りることなく何度も繰り返してしまうもので、積み上がった本のイメージが脳裏に定着してその「衝動買い」にブレーキを掛けると言うこともないのです。

この「積ん読」と言う言葉は明治時代からあるそうで、近年英語などの外国語の辞書にも採用されてきているらしく、ある意味こうした行為は非常に一般的で、人類共通の本性とも言えるものなのでしょう。

合理的に必要のないもの、つまり手に入れたところでほとんど無意味なものを衝動的に手に入れる人や、客観的に説明のつかないどう考えてもマイナスの結果が見えているような行為を衝動的に行う人を、ちゃんと理解している人も世の中には居ると言うことです。

「本日特別」「今だけ」「今なら」「ちょっと待った今日は更に二千円引き」等と言ったキャッチフレーズは消費者の衝動を誘う単純で古臭い例ですが、これらは未だに通用しています。

「イチキュッパ」などと言う値段の設定も同様でさんざん使い古されている手法ですが、これがセコイ誘いだとわかっているくせに消費者が好むので廃れることはないのです。

このように商売に長けた人が消費者の衝動に訴えかけるように、マーケットの嗜好や衝動を知っている投資家は相場の動きを予想することに長けていると言えます。

そうした投資家はある種の事件、あるいは特定の値動きが見えた後、マーケットの心理はそれにどう反応するかを感じ取る能力が高いのです。

つまり投資家の心理に敏感で的を得た読みが出来る人です。

裏を読む

「わかっちゃいるけどやめられない」と言う古い歌の文句がありますが、人間の行動は理屈通りにはいきません。

「わかっていてもついついやめられないものに」酒の上の失敗や異性トラブルがありますが、シラフの状態でも衝動に走るのが人間ですから、ましてその理性が欠けているような状態ではなおさら過ちを犯してしまいます。

衝動はもともと本能的なものでしょうが、その本能が直接表れるような衝動は特に制御の困難なものです。

ただしそうした時は、あとから「失敗した」とわかるような失敗なので、なかなかやめられない失敗とは言え「失敗」自体は意識できるものです。

逆に言えば意識しているからこそ「わかっちゃいるけど」となるのですが、衝動買いなどの場合は酒の上の失敗や異性トラブルに比べると意識が希薄であるため、大した反省もなく、それを過ちとも思わず繰り返すことになります。

マーケットでも本能的に湧き上がる金銭欲から取った行為で、資金的に打撃を受けるような失敗は反省の材料になりますが、不要な判断や感情による判断ミスなどは大きな損失でもない限り反省は希薄でほとんど無意識的にそれが繰り広げられます。

人間は教訓に学ばない生き物です。

厳密に言えば教訓に学ぶ場合もあるが、学ばない方が多い生き物と言う事でしょう。

よく相場の格言などで「裏を読む」とか「相場では人のゆかない道にチャンスがある」と言います。

「裏を読む」とは「相場の動きには非論理的なものが多い」と言う前提でそれは理屈ではないと言う見方です。

つまり、相場ではある現象の結果を論理的に予測して手を打つよりも、理屈を超えた人間模様を読んで手を打つ方が当たることが多いと言う事です。

たぶん「裏を読む」と言う事の意味は、裏の裏、あるいは裏の裏の裏を相場師同士が複雑怪奇に読みあうと言ったニュアンスではないと思います。

理屈で理解できるような表層の見かけの奥に、人間の衝動と言う非合理な動きがあり、その非合理な動きが相場の動きを左右することが結構あると言う事だと思います。

相場と付き合うには、少なくともそうした理屈を超えた思いが相場を形成していると言うことを、自分自身の気持ちが違和感なく受け入れる必要があります。

この衝動や感情で相場が動いていると言うことを先ずは「違和感なく受け入れる」のが、市場心理を理解して相場とより良く付き合う基礎的な条件です。



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