生き続けるヒト細胞 ヒーラ細胞

生き続けるヒト由来細胞 ヒーラ細胞

以前NHKの番組で「ヒーラ(HeLa)細胞」と言う数奇な運命を持った不死細胞が取り上げられていましたが、これは最初に実験室での培養に成功したヒト由来細胞です。

1951年まで、動物の細胞の培養はいろいろと出来るようになっていたのですが、ヒトの細胞を培養することに成功した例はありませんでした。

当時はヒトについて細胞レベルの研究を推進するためにどうしてもヒト由来の培養細胞を作る必要があって数々の試みがなされていたのですが、実験に用いられた細胞はどれもほんの数日も生きていることが出来ないものばかりでとても研究に使えるようなものではなかったのです。

その年の始め頃、31歳の黒人女性ヘンリエッタ・ラックスは、子宮からと思われる異常な出血に気付いてメリーランド州のジョンズホプキンズ大学病院で診断を受けたところ、子宮に悪性の腫瘍がみつかりました。

彼女は放射線治療の甲斐もなく病状の悪化のためその年の同年10月に亡くなりましたが、その時検査用に採取された彼女の腫瘍細胞は他の細胞のように死なないことから当時実験室での培養に使えそうな細胞サンプルを探していた同じ病院の組織培養研究部長ジョージ・ガイの研究室にも送られていました。

驚異の増殖を見せる細胞

ガイは、そのサンプルとして提供された腫瘍細胞が驚くほどの早さで増殖するのを目撃し、驚嘆し、この細胞に、採取されたヘンリエッタ・ラックスの頭文字をとって「HeLa細胞」と言う名前を付けました。

ヘンリエッタの死後、ジョンズホプキンズ大学の医師たちは、その夫に、がん研究のためにヘンリエッタの細胞を採取することを認めてくれないかと依頼しましたが、当初夫のデイビッドは承諾しなかったようです。

にもかかわらず、デイビッドにこの依頼を行う前にガイはすでにヒーラ細胞を入手していたのです。

最初承諾しなかったデイビッドですが、他の家族にも相談してみたところ、自分の子どもや孫が病気になったときにその細胞や研究が役立つならと言う意見もあって最終的には細胞の提供を承諾しました。
彼はその研究で何かわかったら病院は連絡してくるものだろうと期待していましたが、そうした連絡はその後一切ありませんでした。

家族は提供されたヘンリエッタの細胞は病院内で病気治療に役立てるために使われるのものだと考えていたのですが、ガイはこの細胞を勝手に世界中の研究者たちに送っていました。

ヒーラ細胞は家族の知らないところで世界中で培養されていたのです。
提供を受けた各地の研究者たちはヒーラ細胞を培養して、病気の原因や発症メカニズム、治療法の探索、薬や放射線の影響などさまざまな研究目的のために利用しました。

ポリオワクチン開発の成果

そんな中でピッツバーグ大学のジョナス・ソークは、ヒーラ細胞を使ってポリオウイルスの研究を劇的に推進することができ、ポリオワクチンを開発することに成功します。
これは死なないヒーラ細胞がポリオウィルスの感染で死ぬと言う現象の観察から一気にポリオウィルスの特徴の研究がすすめられたものでした。

現在研究が盛んな幹細胞の研究成果と問題のうちのいくつかは、このヒーラ細胞に遡ることができるのです。

ヘンリエッタの家族の悲劇

ヘンリエッタの家族はこうしたことを一切知らされていませんでしたが、ヘンリエッタの義理の娘バーバラが偶然ワシントンでヒーラ細胞を使って研究を行っていた科学者と1975年に知り合ったことにより、ヘンリエッタの細胞が今も生き続け、世界中の研究室で実験ツールとして広く利用されていることがその家族の知るところとなりました。

細胞がヘンリエッタの死から実に24年後のことで、家族は大きなショックを受けました。

そのころ研究者の間には家族とは別のショックが生じていました。 ヒーラ細胞による培養成功がきっかけでヒト細胞の培養はそれまでより容易にできるようになり、研究者らは自分自身や自分の患者など周囲の人から提供を受けた細胞を使って研究を行うことができるようになっていました。

ところが、ヒーラ細胞の増殖能力の強力さが、実験器具を介して他のサンプルの中でも増殖し、それらのサンプルに置き換わってしまっていることが疑われ始めていたのです。

つまり自分たちが周囲の人の提供を受けたものだと信じている細胞の多くが、実はヒーラ細胞ではないかと言う疑念です。

研究者たちはヒーラ細胞の由来についてそれを特定できるような情報を持っていなかったのです。

そこで彼らはヘンリエッタの家族連絡を取ってヒーラ細胞を特定するための情報を入手を目的として家族の血液を採取しました。

ヘンリエッタの家族は今度は研究の成果を知らされることを期待して研究者に血液を提供したのですが、研究者達はその目的を達成したにもかかわらず、その後も何一つ家族に連絡せず、これによってヘンリエッタの家族は医学研究と言う世界に対してますます不信を抱くようになったようです。

家族の復権

アメリカ社会にその後人権意識や生命倫理への理解が深まるにつれて、メディアはヒーラ細胞とヘンリエッタ・ラックスのことを取り上げるようになりました。
そうした社会の変化があってようやくヘンリエッタの家族をめぐる社会の反応や雰囲気も徐々に変化してきました。

1990年代からヘンリエッタとその家族は、モアハウス大学、アトランタ市、アメリカ議会下院、スミソニアン博物館などで貢献と名誉を認められるようになり、ヘンリエッタのゆかりの地には記念看板など設けられました。

今では現在の幹細胞研究を含めてヒーラ細胞がなければ、医学の発展はずいぶん遅れたと考えられています。

NHKの番組ではヒーラ細胞は、ヘンリエッタを始めその家族の誰一人として知ることなく世界中に配布された一方で、多くの成果を医学界にもたらしたにもかかわらず、ヘンリエッタの家族の人たちが、普通の医療費の支払いにさえ苦労するほど貧しかったと言う事を指摘していました。

  パピローマウイルスの発見と言う成果

世界中の研究所に提供されたヒーラ細胞は核兵器による放射能の影響調査や無重力での細胞増殖を調べるための宇宙での実験にも使われました。 ヒーラ細胞に関わる論文は、今では65000を越えるといわれています。

ヒーラ細胞の強烈な増殖のメカニズムはヘンリエッタの死因であった子宮頸がんの原因のパピローマウイルスであるとされ、このパピローマウィルスの発見はノーベル賞受賞にもつながっています。

数々の実験に使われ、また今ではそれ自体の変位などの研究もあって今なお実験材料として広く使われているヒーラ細胞は、これまでに推定で5000トン以上培養されたと言います。

この5000トン以上(70年足らずの期間で体重50キロの人間に換算して50000人分以上)と言う数字はヒト由来の不死の細胞の驚異性と研究者の執念のようなものについて理解するためのひとつの目安となるものです。



ストレスを受ける途端、突然の若返りを何度も繰り返す生物 ベニクラゲ。

理想的な飼育環境に置けば不老不死であることが確認されたイソギンチャク ヒドラ。

寿命・余命を伸ばすことが確認された夢の寿命延長薬 ラパマイシン。

1951年から世界中の培養器の中で分裂し続ける、不死のヒト由来細胞、ヒーラ細胞。

細胞のガン化のプロセスを逆回転にする、ガンの正常細胞化技術。

細胞の寿命の長さと比例する染色体の分裂回数のチケット 寿命時計 テロメア。

動物の寿命を延ばすカギ 注目のサーチュイン遺伝子とそれを活性化するNMN。

細胞分列回数の寿命を規定するヘイフリック限界。



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