厄介者のヒドラは不老不死だった、老化と言う概念が曖昧な生き物の存在、老衰で死なない命、ヒドラの長寿の秘密を探る、死亡の確認できない生体、不老不死研究の糸口?
ヒドラは淡水産のイソギンチャクです。体高1cm程度、ミジンコなどをエサにしていて水槽内などで大発生するとその美観を損ね、また動きはゆっくりながら稚魚や稚エビを食べるなど、なかなかの厄介者です。さらに触手には毒があり、再生能力も強くて、切断された体の一部から完全なヒドラを生成することができます。繁殖力と言い再生能力と言い、ヒドラがなかなか強靭な生命力を持った生物であることは既に知られているのですが、2013年12月に発表されたデンマークの研究では、ヒドラには永遠の寿命があると事がわかったとされました。
ヒトは17歳で老化が始まるといいますが、多くの生物は生まれてから時間の経過に伴って肉体が老化し、衰え、やがて死を迎えると考えられています。そうした生き物は、誕生から時間が経つほどに死ぬ確率が増大すると考えられているわけです。しかし、これまでの研究では、哺乳類、植物、菌類、藻類など46種類の生物の老化について調べたところ、 陸ガメ(Gopherus agassizii)やマングローブの一種(Avicennia marina)など、誕生からの時間の経過が進むほど死亡する確率が減っていく生物もいくつか存在することが明らかになりました。これは陸ガメにしてもマングローブにしても、誕生まもないときほど外敵や環境の変化に弱いけれども、成長に従って生命力が強くなってゆくので死ぬ確率が減ると言う意味で、こうした傾向は他の生物にも当てはまる当たり前のことのように思えますが、時間経過とともに死亡率の減少する生物では、他の生物と異なって老化による顕著な衰えが見受けられないために死ぬ確率が増加しないということなのだと考えられます。このように誕生からの時間経過に伴って死亡確率が増加したり、低下したりする生物がいる一方で、その確率が全く変化しない生物も確認されました。
ヒドラの場合も生まれてからの時間経過による死亡確率はまったく変化しません。つまり、ヒドラは生まれた時から成体と同等の環境に対する生存能力を既に持っており、さらに老化の影響を受けないと考えられています。実験を元にした推計によると、ヒドラは 1400年後になお生きていると考えられるものが5%(残りの95%の死因もいわゆる寿命とは無関係のアクシデントによる死亡と考えられる)もいるとみられています。これは、実質的にヒドラがアクシデントのない環境では不老不死だということを意味します。老衰で死なないと考えられる生物は他にも存在が指摘されています。つまり寿命と言うものががほとんど存在しないと考えられる生物として、動物に限ってもシジュウカラやシロエリヒタキなどの小鳥、ヤドカリ、ある種のアワビ、トカゲ、アカアシガエルなどが挙げられています。ポモナ大学で生物学を研究しているダニエル・マルティネス(Daniel Martinez)教授がこのヒドラの不老性(永遠に生きる生物)の可能性を確認したとされ、教授はこのことはまた他のいくつかの生物についても不死の可能性があることについての強力な証拠となり得るかもしれないと発表しました。12月7日に全米科学アカデミー紀要( PNAS )に発表された共著論文(ポモナ大学とドイツのマックス・プランク人口研究所の2つの研究室によるもの)は、小型ヒドラには「年齢がない」(年齢による変化の証拠がその体からみてとれない)ことが確認されたと言うものです。教授らは理想的な生存状態に保たれている場合、ヒドラは永遠に生きる可能性があるとしています。
教授は、ヒドラと言う数センチ程度の淡水ポリープについて、その長寿の秘密を探るために、これまで 10年以上に渡る研究を続けてきた結果、ヒドラを理想的な条件で飼育した場合、死亡率の上昇や加齢に応じた生殖能力の低下などの老化の兆候を示すことがないことが述べています。「もっとも、野生環境で生きているヒドラは、常に外敵からの捕食、海の汚染、病気などの危険にさらされているので、永遠に生きるチャンスはかなり低いです」ともしています。教授は「もともとこの研究は今回の結果の反対の証拠を求めて実験をスタートしました。つまり、ヒドラもまた老化から逃れることはできないということを証明したかったのです。ところが研究のデータは、その私の考えが間違っていることを示しました。ヒドラは老化しなかったのです。」と語っています。ヒドラの研究と老化の進化に関する世界有数の学者のひとりとして、マルティネス教授は、ヒドラ属が老化しないことに関しての研究のために、アメリカ国立衛生研究所から 120万ドル(約 1億4000万円)の研究助成金を受けています。また、2013年には、やはりヒドラの研究で、カリフォルニア大学リバーサイド校の不老不死プロジェクト(The Immortality Project)からの助成金も受けています。教授が、生物の不死に興味を持ったのは、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の大学院にいた頃にヒドラが不死である可能性を持っていることを耳にしたのがきっかけで、1990年代にまで遡ります。それまで、老化は、すべての多細胞生物において避けられないものと考えられていました。そのため、誰もヒドラの不死が本当のことなのかどうかの真面目な研究を行ってはいなかったのです。「私が大学院でヒドラの実験を始めたとき、当時は、すべての動物は老化から逃れることができないというのが定説で、また、すべての動物がそうでなければならないとされていました」と、教授は述べています。
当初教授は、ヒドラもまた老化するということを証明したかったのですが、研究を始めてから4年間、ついにヒドラの死亡例を検出できなかったため、教授はヒドラは加齢しないと確信し、1998年に論文を書きました。教授のこの発見は、それまではどんな動物も老化から逃れることはできないだろうと思われていた予測や定説の妥当性に疑問を呈し、すべての動物が老いるというそれまでの言わば常識に再考を促すきっかけとなったのです。マルティネス教授のこの論文は、国際的な注目を集め、ドイツのマックス・プランク人口研究所からの注目を得た結果、2004年にマックス・プランク人口研究所は、ポモナ大学との研究の連携と資金調達を提案し、教授のヒドラの寿命の研究が継続されることになりました。1998年の論文ではヒドラの生殖能力などの特定について、不備な点もあったと教授は述べていますが、それから 10年以上の研究の後に、ふたつの研究所によって書かれた共著論文で、教授の初期の研究結果である「ヒドラは不死」ということが確認されたとされています。
研究ではヒドラの体のほとんどは、完全に分化した細胞と少数の幹細胞(IPS細胞やES細胞のようないわゆる万能細胞)で構成されていることがわかっています。この幹細胞は、通常の分化した細胞と異なり分裂する能力に限度がないため、ヒドラの体は絶えず新しく更新されていると考えられます。既に分化した細胞(万能ではなくなった細胞)は、一定の状態に達すると常に身体から切り離され、体の各所は新しい細胞へと置き換えられているようです。マルティネス教授は語っています。「私が望むのは、この研究が、他の科学者たちの不老不死の研究を支援するものとなってくれることです。ヒドラだけではなく、他の生物を含む老化の謎の解明への一歩となればいいと思っています」。
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