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酒田五法の謎① 本間宗久の謎

酒田五法の発祥のミステリー「本間宗久」

酒田五法はローソク足形のことを言っているとされる不都合。

酒田五法 ローソク足の疑問

「酒田五法」の成立については諸説あります。

一般的には江戸時代後期の相場師とされる本間宗久の罫線法秘伝と考えられているようですが、これが本間宗久によるものとする考えに疑問を持つ研究も多く、それによるとその内容を明治期以後につくられたとする指摘もあります。

これは「ローソク足」と言う記法が江戸時代に一般的であったと考えるのが疑問であると言うものです。

まず、陽線を赤で表わすのは当時の筆記具が黒墨と朱墨であったため、それらで陰陽の罫線を書き分けていたからだとする考えなのですが、朱墨は辰砂で作られており、当時そうそうたやすく手に入らなかったと考えられ、赤黒の書き分けが少なくとも江戸時代に一般的であったとは考えにくいと言う事があります。

ちなみに古書・古文書などに見られる朱墨の訂正書きや書込みは大正時代以降に古書店などでそれを手に入れた人物によって行われた可能性が高いそうです。

また、罫線本の著者達から指摘されているように足形名の多くは男女の交合形をモチーフにしたあまり上品とは言えないものです。

こうしたネーミングは江戸時代や明治時代らしからぬ雰囲気のもので、大正・昭和の匂いのするものです。

昭和前期に成立した「柴田罫線」を見る限り便利なローソク足に見向きもせずに、ひたすら終値を対象に鉤足で相場分析を行っており、ここからも古い時代にはローソク足より非時系列の罫線が一般的であったと考えられるのです。

このように「ローソク足」が江戸時代の一般的な「罫線法」でなかった可能性を理解しておくことは「酒田罫線」と言うものの真の活用と理解のためには重要なことだと思います。

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相場師 本間宗久の疑問

本間宗久は庄内藩(山形県)酒田の豪商で当時日本一の地主であった本間家二代目当主の弟として生まれ、当主の兄から親族後見者・支配人などの経営陣の中でも本間家への抜群の貢献が評価されて二代目の分家中では最も多くの財産と特権を与えられ、さらに三代目の筆頭後見人として豪商本間家を事実上取り仕切ったとされる人です。

晩年は政商あるいは御用商人として江戸に居を構え(江戸本間と言う重要分家とされます)一説では侍あるいは旗本の株を購入して徳川幕府の経済の相談役として重要な仕事をしていたらしいと言う研究もあります。

江戸時代の有名な三井や鴻池などの大豪商は金貸しや為替仲介などを主な生業としていて、先物相場等に手を出すことは一族の法度として厳禁していたことや、宗久と言う人がそれらの三井などの家と同様に語られるような豪商本間家から絶大な信頼を受けていた商人であったらしいことを考えれば、その素顔は当時の大家(たいけ)が禁じた相場に出入りしていたと見るよりは、経済人として当時のキーパーソンであったと見る方がしっくりきます。

コメの先物相場は大阪の淀屋で始まったと言われており、その意味では豪商の相場との関わり方は相場師としての相場参加者と言うより、相場運営者側の立場であった可能性の方がはるかに高いと思われます。

つまり豪商の重要な一族や支配人が一相場師として相場に参加し、日々の高下(値動き・損益)に一喜一憂すると言うのはやや考えにくいことです。

豪商一族の重要人物ならば、相場の運営で利益を得る立場、あるいは相場のインサイダーとして振る舞える可能性が高く、目いっぱい譲って相場とのかかわりを考えても、何らかの必要性から相場の仕組みなどを研究をしていたらしいと言うところが精々です。

三井家は幕府よりも金持ちだったとされますし、本間家も当時の大名などよりはよほど多くの金を持っていたと言われており、それらの豪商はむしろ生業として大名や上級貴族、上級旗本などに金を貸していたので相場インサイダーとしての情報力の強大さを考えると、仮に本間宗久が実際に相場で儲けていたとしたらあやふやな罫線法などの研究を根拠にしていたと言うのも考えにくいことです。

つまりそうした当時の経済界の重要人物が一相場師として相場で伝説的に稼いでいたとする説には時代考証的に無理があるように思えるのです。

また、よく言われるような堂島や江戸で本間宗久が伝説的な相場を張っていたとされる伝承の形跡は資料としては見当たらないようで、もし仮に宗久が趣味的に相場研究を行っていたとしてもそれは自分の息のかかった酒田のコメ相場であった可能性が高いでしょう。

経済人として米相場を研究をしていたとするなら、幕府の財政などにブレーンとしてかかわった時期である可能性も考えられるため実際にそこで大儲けするのもはばかられるように思われます。

江戸後期の幕府にとってコメの価格やそれを左右するコメ相場の動向は最重要問題であったからです。

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オリジナル酒田五法とは

ともあれ「酒田五法」は成立やその由来がはっきりしない「相場三昧伝」(これは本間宗久の著作とも、その弟子の著作とも、更に後世の宗久ファンあるいは日本罫線研究家の著作ともされているものです)と言う書物の中の以下のような教え(当サイトで要約)が元になっているとされています。

  1. 日々の値動きを客観的に観察し(強弱転換点からの経過日数の)周期性(いわゆる日柄)とその周期のもたらす値頃感を重視する。
  2. 相場商いは高値圏、安値圏の強弱転換点(トレンド転換点)でそれを見極めてから行う事を基本とする。
  3. 強弱転換点からは百俵上げ・百俵下げ(百俵は今の225先物なら呼値1000円の上げ下げを投資資金単位の百万円の上げ下げと呼ぶようなイメージ)と言う値幅基準を持って利食い損切りを行い、更なる利乗せを行うならこの基準点でいったん手じまった上で、新たな見立てで取り組むこと。
  4. 自分の見立てや手法が外れていると感じたら、決してその場で付け焼刃的な修正を試みたり中途半端な深追いをしたりはせずに直ちに建て玉をしまって、気持ちに完全に冷静さが戻るまで一定期間商いに手を出さずに次の機会を待つ勇気を持つこと。
  5. 強弱の転換判断はちゃんと確認できるまで見極めるべきだが、利食いの方は決して利伸びを深追いせず、目標の七分も得たら十分と信じて仕舞うべきである。

以上の五項目が本来の「酒田五法」らしいのです。

つまり、オリジナルの「酒田五法」はローソク足形を述べたものではなくこのような心得を説いたものであると言う説です。

しかも、上記の五つの心得にもいくつかのバリエーションが存在し、後代の加筆や編纂、あるいは創作が行われたとも言われます。

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